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存在を忘れられた三名士の死 [読書放浪]

九月の十二、十三、十四と、三日間不思議に続いて存在を忘れられた名士が死んでおる。十二日には伊藤大八、十三日には横井時雄、十四日には塚本周造と恁して名を挙げてもおそらく今の若い人達には異邦人であろう。関節に直接にその人達の全盛時代を知る私でさえが訃を聞くまでは全く存在を忘れてとっくの昔故人となったとばかり思っていた。

伊藤は兆民門下で政友会のパリパリ、満鉄副総裁としてあまり芳しくなかったが、前途の活躍はなお嘱望されていた。横井が学者としても操觚者としてもまた官人としても一流を下らざる才能と学識と閲歴を持っていたのは誰にも認められていたので、失脚して後もまた機務に参していた。塚本は官人としての閲歴最も古く、わが海運法の基礎を作った船舶界の功労者だった。

以上の中、塚本は功成り名遂げて円満辞職をしたので、官を去って後は全く世事を謝して閑雲野鶴に伴う生活を楽しんでいたのだから別として、伊藤横井の二人は失脚しても尚再起に悶々して覇心抑えがたきものがあった。

彼らの後進があるいは大臣の栄位に就きあるいは経済界の頭目として時めくを生ける屍となって眺める隠忍の無念は察するにあまりある。しかも存在の告知に代ゆるに訃報を以ってし、無名の閑人として葬られても新聞紙は数行の履歴をだも惜しんで載せるものが少なかったのはおそらく死んでも死にきれなかったろう。

近くは市川文吉翁の如くならば友人にだも知られないで煙のごとく消えてしまうが本懐であったろうが、覇心なお未だ消磨せざる伊藤横井のニ雄のごときはおそらく安心して瞑目出来なかったろうと、深く哀悼する。


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